応用編

引き寄せが叶わないのはなぜ?身宮と福徳宮で見る「器」の考え方

引き寄せが叶わないのはなぜか。引き寄せの法則の中で本当に役立つ部分と成り立たない部分を分け、「命にないものは引き寄せられない」を紫微斗数の命盤で読むと、化忌・身宮・福徳宮の三つのマスの話になることを解説します。

引き寄せが叶わない、願っても願っても何も変わらない。そう感じて疲れている人は少なくありません。引き寄せの法則は『ザ・シークレット』をきっかけに広まって二十年近くになり、願いを書く、毎日アファメーションを唱える、信じれば引き寄せられる、とさまざまなやり方が語られてきました。けれども、どのやり方がなぜ効くのか、どこが成り立たないのかをはっきり説明したものは多くありません。引き寄せがうまくいった人は、たいてい行動が変わっています。引き寄せるほどむなしくなる人は、心の中で考えがぶつかり合っていることがよくあります。最近よく聞く「命にないものは引き寄せられない」という言葉も、紫微斗数の命盤に置いて考えることができます。紫微斗数で語れるのは、化忌がどの宮に入っているか、身宮の主な舞台がどこか、福徳宮が願いを受け取ることを自分に許しているか、の三つです。心のしくみの話は、この三つのマスを説明するのに必要なところまでにとどめます。

七殺遷移甲寅天同疾厄乙卯武曲財帛丙辰太陽子女丁巳破軍夫妻戊午天機兄弟己未太陰父母辛酉貪狼福徳身壬戌巨門田宅癸亥廉貞天相官禄甲子天梁奴僕乙丑紫微旺天府得命宮庚申木三局命主 廉貞 身主 文昌陽男
サンプル命盤:命宮を示しています。あなた自身の命盤ではありません

引き寄せで本当に役立つのは行動

引き寄せの法則の主張は、あなたの思考や感情が同じ種類の現実を「引き寄せる」、信じたものがやって来る、というものです。この主張のまわりに、ビジョンボード、アファメーション、一日三回願いを書く、感謝日記といった一連の儀式が生まれました。広める人たち自身の説明でも、言っているのは「目標を思い描いて信じれば実現しやすくなる」ということで、重点は信じることに置かれ、しくみは説明されていません。

この儀式は、「欲しい」と「手に入る」のあいだの因果を逆さまにしています。筋の通る順番は、考えが注意を変え、注意が行動を動かし、行動が結果を変える、というものです。どの段階も、あなた自身が選んでいます。分解してみると、引き寄せの儀式には確かに効く成分が四つ含まれています。ただ、それが効く理由は「引き寄せ」とは関係ありません。

願いを書き出すのは、目標設定です。「お金持ちになりたい」というぼんやりした願いには確かめる基準がないので、脳はそれを気持ちの段階にとどめてしまいます。「期限までに100万円貯める。方法は毎月決まった額を先に積み立てること」と書き直せば、数字と期限と道筋があり、毎月何をすればよいか、今どこまで来ているかがわかります。効いているのは具体的に書くことで、三回書き写すかどうかは関係ありません。

イメージングで役立つのは、心の中のリハーサルの部分です。選手は踏み切り、ひねり、着地を頭の中で繰り返し練習するから、本番がよくなります。心の中で練習しているのは動作で、表彰台のことではありません。「すでに手に入れた」と想像するのは、ちょうどその逆です。脳が想像の中の達成を、すでに達成したことと取り違え、やる気がかえって下がります。思い描くべきは、昇給を切り出すときに言う一言一言や、パソコンを開いて第一章を書き始める自分の姿です。そうしたリハーサルなら力がつきます。

アファメーションの中身は自分との対話で、効き目はその言葉が心の中の本当の考えとどれだけずれているかで決まります。自己肯定感の低い人が「わたしはとても好かれている」と繰り返すと、脳が自動的に反論するので、気持ちがかえって沈むことがよくあります。「わたしは愛される価値がある」よりも、自分が本当に信じられる言葉、たとえば「わたしは境界線をはっきり伝える練習をしている」に替えるほうが役に立ちます。自分との対話は、あなたがもともと信じているところからしか積み上げられません。この「もともと信じているところ」が、あとで書く命盤の構造です。

感謝の練習は、注意の筋力トレーニングです。脳が受け取る情報は注意を向けられる量よりずっと多く、何を通すかは思い込みや習慣に左右されます。ある車種を買おうと決めたとたん、街中にその車があふれているように見えるのは、車が増えたからではなく、注意がそれを通すようになったからです。毎日、まずまずだったことを三つ書き留めるのは、このフィルターを「自分の手元に何があるか」に向ける練習になります。足りないものを数える癖のある人は、機会が目の前を通っても気づけません。ただ、気づいたあとは動く必要があります。人が動かなければ、機会はやはり通り過ぎてしまいます。

成り立たない部分:思考は外の出来事を変えない

引き寄せの法則のいちばん核心の主張は「思考が外の出来事を引き寄せる」というものですが、ここには確かめられるしくみがありません。「波動が共鳴する」は物理の言葉を借りただけで、「エネルギー」も比喩にすぎません。思考が外の出来事を直接変えると言うのは、心理学を魔法の話にしてしまうことです。

こうした語り方は、少なくとも二つの点で人を傷つけます。一つ目は生存者バイアスです。金メダルを「信じたから」と説明し、毎日欠かさず練習してきたことを省いてしまう。耳に入るのは物語で、その裏の練習は見えません。二つ目は原因の押しつけです。引き寄せが叶わないとき、「信じ方が足りない」と言われ、結果のすべてが個人に押し戻されます。それは社会の仕組みや運や現実の条件がないことにしてしまうのと同じです。病気の人が考え方のせいにされ、お金が足りない人が器がないと言われる。これは傷口に塩を塗るようなものです。心理学から見た引き寄せへのいちばん重い批判はここにあります。「見るべき数字は見る、向き合うべき現実には向き合う」というブレーキが欠けているのです。

「命にない」とは、化忌の入る宮のこと

引き寄せで効いている成分が行動の変化だとすれば、「命にない」は一つの構造の説明として読めます。あなたの自己像が、その目標を支えていないということです。「わたしはお金が貯まらない人間だ」「わたしのような人は大事にされない」「チャンスは自分には回ってこない」。こうした考えが願いとぶつかると、口では必死にアファメーションを唱えても、心の中の反論の声のほうが大きくなります。自分では確信しているつもりで、実はずっと揺れているのです。その揺れが行動に出ると、今日は全力で走り、明日はあきらめ、肝心なときにつまずく、という形になります。これは自己成就的予言で、前世とは関係なく、あなたの命盤で何度もつまずく宮と関係しています。

紫微斗数の命盤に書かれているのは、まさにこの構造です。命宮は世の中に応じるときのいつもの姿勢、福徳宮は一人のときの本当の筋書き、身宮はあなたが一生のうちに力を注ぐマスを示します。命盤に書かれているのは出発点です。構造は変わりますが、変えるのは行動で、願いごとでは動きません。

引き寄せの指導者は「執着を手放しなさい」とよく言いますが、どれを手放すのかまでは言えません。命盤なら言えます。化忌は、心の中でいつも気にかかり、手放せないことを表します。化忌の入っている宮こそ、あなたがいちばん強く握りしめ、同じところで何度もつまずきやすい場所です。財帛宮に化忌がある人は、口ではお金を引き寄せたいと言いながら、行動では一円ごとに緊張して投資も出費もできず、機会が来るとまず危険が目に入ります。これではいくら引き寄せを続けても実りにくく、注意がすべて「お金がなくなる不安」に引っかかっているのです。福徳宮に化忌がある人は、心の中にいつも越えられない思いがあり、外がどれだけ順調でも内側で消耗しています。夫妻宮に化忌があれば、「本当にわたしのことを大切に思っているの」という同じ言葉が繰り返し再生されます。官禄宮に化忌があれば、役職や評価を強く握りすぎ、願いは「認められたい」になるのに、毎日はまだ足りないことの証明に費やされます。疾厄宮に化忌があれば、体を敵のように扱って症状を何度も調べ、「健康になりたい」と願いながら休んで眠ろうとしません。田宅宮に化忌があれば、理想の家は紙の上にあり、日々は修繕、ローン、同居の摩擦で止まっています。遷移宮に化忌があれば、住む街を変えれば願いが自然に叶うと思いがちですが、人は同じフィルターのままです。

本命は土台の色で、時間の軸が同じマスを改めて照らします。大限(10年運)が化忌の宮に入ると古い執着が大きく映り、「長く願うほど叶わない」ように見えます。そこに流年(年運)の化忌が入ると、出来事が増え、言葉もとがり、アファメーションで無理にふたをするのにはなおさら向きません。これはそのマスがこの数年とくに目立っているということで、宇宙が邪魔をしているのとは関係ありません。時期の見方は大限と流年の見方をご覧ください。

執着の本質は、注意が固定されてしまうことです。怖いものほど目に入りやすくなり、最後には怖れていたことが一つずつ起きているように感じます。「恐れていることが起こる」と引き寄せの法則の「思ったことが起こる」は、実は同じ注意のしくみが逆向きに働いているだけです。

四化の読み方は四化とはをご覧ください。

身宮の舞台と福徳宮の設定:願いが動かない理由

身宮とはで書いたとおり、命宮は生まれ持った土台の色、身宮は生きるほどに似てくる面で、十二宮のどれか一つに重なり、その宮があなたの力を注ぐ舞台になります。身宮が財帛宮にあれば、願いは口座の中で起こる行動に翻訳して初めて実行できます。官禄宮にあれば作品や役職に、夫妻宮にあれば関係の中での具体的な積み重ねに翻訳する必要があります。遷移宮にあれば環境を変え、見聞を広げることで動き出します。福徳宮にあれば、まず内側の状態を整えてから、外側が動きます。

しくみはこうです。願いが身宮の力を注がない分野にあると、どれだけ真剣に願っても、毎日の中で手が動きません。そこはあなたの舞台ではないからです。身宮を見るのは、ほかの分野の願いをあきらめるためではありません。先に二つのことを考えるためです。この願いは、あなたにどこで力を使うことを求めているか。あなたは本当にそこで力を使う気があるか。その気がなければ、願わないことです。願っておいて動かないことが、自信をいちばん削ります。

福徳宮は、あなたが願いを受け取ることを自分に許しているかどうかを表します。休みを取ると罪悪感がある、自分のためにお金を使うのに長く迷う、人に親切にされると落ち着かない。どれも福徳宮が窮屈なときによく見られる姿です。福徳宮に化忌や煞星(さっせい、凶星のこと)があっても、命が悪いという意味ではありません。よいことが来たとき、あなたの第一声が「そんなに簡単なはずがない」になりやすい、ということです。口では大きな願いを唱えながら、心の中では「不安にならない程度」までしか自分に許していなければ、引き寄せは効かないように見えます。

命宮と福徳宮の向きが違うと、願いは自然に縮んでしまいます。たとえば命宮に破軍星(はぐんせい)が入っている人は、福徳宮に必ず天府星(てんぷせい)があります。表では古いものを壊して新しく始めたいのに、内側は安定と蓄えを求めています。紙には起業と書きながら、毎日は「準備が整ったら始めよう」と待っていて、二つのマスが互いに足を引っ張っているのです。そこに身宮が官禄宮や遷移宮に重なっていると、転職や引っ越しで心の中の「無理だ」という声から逃げようとしますが、場所が変わっても、その声はついてきます。

願いではなく行動から構造を変える

昔から「徳を積んで運を変える」と言われますが、当サイトは善い行いを運を補う方法としては扱いません。取り上げるのは、それが人間関係と習慣について語っている面だけで、それがちょうど引き寄せに欠けている部分を補ってくれます。善い行いがまず変えるのは、あなたの人のつながりです。助けた人が道を教えてくれたり、あなたのために口添えしてくれたりする。これはふだんから積み重ねた人との関係で、何かの引き立ての魔法ではありません。人を助けると「わたしは役に立てる」という言葉に裏づけができ、自己像が安定し、行動が揺れなくなります。注意を「わたしが欲しいもの」から「わたしが渡せるもの」に向け替えると、化忌のような固まりが少しゆるみ、手をゆるめて初めて、緊張でふさがれていた機会が見えてきます。善い行いが効くのは、先に人のつながりと自分への見方と注意の向きを変えるからです。それが変われば行動が変わり、結果もそれについてきます。

まず自分の命盤をはっきりさせましょう。命宮が世の中にどう応じているか、化忌がどの宮で何度も転ばせているか、身宮がどのマスに重なっているか。次に、いちばん小さな行動の変化を一つ選びます。力を向ける相手は願いではなく、習慣です。お金の話が苦手な人は、今月、明細を広げて話す練習をしてみる。お金が入るとすぐ使いたくなる人は、まず少額を三十日間動かさずに置いておく。それから「わたしが欲しい」を「わたしが渡せる」に替え、見返りを求めない小さなことから始めます。最後に、見るべき数字は見て、現実の条件には向き合う。これが、引き寄せの世界にいちばん欠けている一歩です。

命は変えられます。変えるのは行動と時間です。命盤は道の状況を教えてくれますが、道はやはり自分の足で一歩ずつ歩いていくものです。無料で命盤を作成して、まずあなたの化忌と身宮がどの宮にあるかを確かめてみましょう。