神仏と縁がある人の占い:命盤で見る修行と世の中での生き方
神仏と縁があるかを占いで知りたい方へ。命盤に「神仏の縁」の星はなく、古書が僧道を語るときは紫微星が卯酉で地空・地劫に会うなどの条件があります。いまの読み方と、命宮と福徳宮で見る修行向きか世の中向きかの分け方がわかります。
神仏と縁がある人を占いで見分けられるのか。紫微斗数(しびとすう)の命盤には、「神仏との縁」を専門に表す星はありません。古書が「為僧為道」(僧や道士になる)と言うときには、必ず条件が書かれています。いちばんよく引かれるのは『紫微斗数全書』巻二「定富貴貧賤十四等訣」の一節です。「論出家僧道之命、紫微居卯酉、遇劫空者、看命無正星、又兼羊火劫空化忌者、更看父母、妻子三宮有殺者、方可断。」出家の命を論じるには、紫微星が卯か酉にあって地劫・地空に会うか、命宮に主星がなく擎羊・火星・地劫・地空・化忌が重なるかを見て、さらに父母・夫妻・子女の三つの宮に煞星(さっせい、凶星のこと)があるかを確かめてはじめて断じられる、という意味です。条件が一段ずつすべてそろってはじめて、古書はこう断じています。いまは、世間の損得への関心が比較的薄く、静かな場所を必要とする人、と読みます。出家しなさいという意味ではありません。修行に向くか、世の中で働くことに向くかは、命宮と福徳宮の役割分担で見ます。
古書が「仏道と縁がある」とした命盤
古書が条件を書き出しているのは二つの組です。一つめは紫微星(しびせい)が卯か酉にある場合です。巻二の「骨髄賦」は「極居卯酉、多為脱俗僧人」(紫微星が卯酉にあると、俗世を離れる人が多い)と言い、同じ巻の詩は「極居卯酉遇劫空、十人之命九為僧」(紫微星が卯酉で地劫・地空に会えば、十人のうち九人は僧になる)と書いています。紫微家の命盤では、紫微星が卯か酉にあるとき、必ず貪狼星(どんろうせい)と同じ宮に入り、対宮には主星がありません。そこにさらに地空星(ちくうせい)・地劫星(ちこうせい)が加わってはじめて、この一節の最初の条件に合います。「定富貴貧賤十四等訣」はその先で、擎羊星(けいようせい)、火星(かせい)、化忌、そして父母宮・夫妻宮・子女宮の三つの宮に煞星があるかも見るよう求めています。紫微星は秩序と立場を、貪狼星は欲と新鮮さを表し、二つが重なってさらに地空・地劫に会うと、にぎやかさを見尽くして、かえって静けさのほうへ向かいたくなる、という形がよく見られます。
二つめは天機星(てんきせい)と天梁星(てんりょうせい)です。巻二「太微賦」の注は、天機星・天梁星が辰か戌で身宮や命宮に入る場合について、「兼化吉相助、以為富貴、加刑忌耗殺、僧道宜之」と書いています。天機星と天梁星が同じ宮に入るのは辰と戌の二つの宮だけなので、この組も命盤で計算できます。同じ組み合わせでも、吉の化星があれば富貴、煞星や化忌が加われば僧道に向く、と古書自身が二つの結果を両方書いているのです。
これらの句は条件どおりに読む必要があります。紫微星や天梁星が一つあるだけで「仏縁がある」と言うのは、条件に合っていません。いまは「僧道」を出家と読む必要もありません。より近い言い方をすれば、つかみ取る、比べる、先を争うといったことに早くから疲れていて、心を置いておける場所が必要な人です。
神仏と縁があれば、修行しなければならないのか
そうとは限りません。命盤に置き換えると、修行は主に福徳宮のことです。手放せるか、立ち止まることを自分に許せるか。天同星(てんどうせい)が福徳宮にある人は、比較的立ち止まることを自分に許せます。太陰星(たいいんせい)が福徳宮にある人は、一人の時間で充電する必要があります。七殺星(しちさつせい)が福徳宮にある人は、暇になっても心の中ではまだ戦っています。天梁星が福徳宮にある人は、まず人の世話をし、自分の幸せを後回しにします。地空星・地劫星が福徳宮に入ると損得の見方が開かれ、つかみ取ることに意味があるのかを早くから問うようになります。詳しくは地空・地劫とはをご覧ください。
修行は人の輪から離れることとは限りません。坐禅や写経のように、日々の暮らしの中で続ける形もあります。福徳宮の向かいは必ず財帛宮で、家計が苦しいと心は静まりにくくなります。福徳宮の三合は夫妻宮と遷移宮で、恋愛と生活の範囲も、扉を閉めた後に落ち着けるかどうかを左右します。
私は世の中で働くほうが向いているか
命宮と、それに必ずつながる三つの宮を見ます。向かいは遷移宮、三合は財帛宮と官禄宮です。七殺星や破軍星(はぐんせい)が命宮にある人は、安定が長く続くとうずうずしてきます。世の中で動き回るのはあなたの習慣で、俗っぽいということではありません。天同星や太陰星が命宮にある人はリズムがゆっくりで、無理に人前に押し出されるとまず空っぽになります。天梁星が命宮にある人は、人に頼られると問題を解く立場に押し上げられやすく、これも一つの世の中での生き方です。命宮は勢いがあるのに福徳宮は静けさを求めている人は、外では頑張っているのに夜は空回りしている、という形がよく見られます。どちらか一つを選べということではなく、二つの宮をそれぞれ大切にする必要があるのです。
ここ数年、特に内側へ向かいたくなるのは
大限を見ます。大限が福徳宮を通る10年は「もう十分」を学び直す時期で、内面のことが多くなりますが、そのために仕事を辞める必要はありません。命宮を通る10年は、自分の立場や肩書きが表に出て、世の中でのことが多くなります。巻三「地劫天空同入限吉凶訣」は「極居卯酉劫空臨、為僧為道福興隆」と書いています。これは、大限が卯か酉にある紫微星の宮に入り、そこで地空・地劫に会う場合のことで、その10年は静かな暮らしのほうが順調だという意味です。大限の化忌が福徳宮に入る10年は内面が騒がしくなりますが、生まれつきの福がそれで失われるわけではありません。四化と時期の見方は四化とはと大限と流年の見方をご覧ください。
修行したいなら、最初の一歩は
まず修行を生活リズムと境界線に落とし込みます。毎日少しだけ誰にも邪魔されない時間を残す、背負わなくてよい忙しさを一つ断る、グループチャットを一つ減らす。肩書きや仕事はすぐに動かさなくてかまいません。どこかの団体に入るか、働く時間を変えるかは、あなた自身の状況と家族の事情で決めてください。
無料で命盤を作成して、紫微星と天機星・天梁星がどの宮にあるか、福徳宮にどの星が入っているかを見てみてください。そして今夜は、スマートフォンを見ない十五分をつくってみましょう。